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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)4931号 判決

原告

吉田勉

被告

有限会社三貴興運

主文

一  被告は原告に対し、五八七万〇四四〇円及びこれに対する昭和六二年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  参加によつて生じた費用及び訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、三九二七万六二八七円及びこれに対する昭和六二年七月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁等

被告は公示送達による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和五九年四月二七日午前八時二〇分ころ、東京都墨田区太平三丁目一七番八号先道路上において、訴外大島伸介(以下「大島」という)運転の普通乗用車(習志野三三ぬ三〇五五、以下「加害車」という)と原告運転の原動機付自転車(墨田区き一八八一号、以下「被害車」という)が衝突し、原告が受傷した(以下「本件事故」という)。

2  責任原因

被告は加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という)三条に基づき、本件事故により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  原告の受傷及び治療経過

原告は本件事故により右腎破裂、右膝挫傷、左下腿挫傷、右胸部打撲、右臀部挫傷の傷害を受け、次のとおり治療を受けた。

一 昭和五九年四月二七日 賛育会病院通院

二 右同日から同年五月二〇日まで及び同月二五日から同年六月二九日まで

同愛記念病院入院(六〇日)

三 昭和五九年五月二三日から昭和六〇年一〇月三一日まで

同愛記念病院通院(実日数一四日)

原告は同愛記念病院で右腎摘出手術を受け、昭和五九年五月二〇日退院したが、退院後高熱が続き、腎手術の際の輸血による血清肝炎と診断され、同月二五日再入院し、同年六月二九日退院し、以後同病院に通院した。

しかし、右腎摘出、肝機能低下により疲労しやすく、また創部右膝の痛みが残つており、自賠法施行令第二条別表掲記後遺障害等級(以下「後遺障害等級」という)第八級に該当すると認定された。

4  損害

一 入院雑費 六万円

一日当たり一〇〇〇円として六万円の頭書費用を要した。

二 休業損害 一三万〇四四〇円

原告は昭和三六年五月一四日生れの男子で、本件事故当時墨田区役所に勤務していたが、本件事故による受傷のために昭和五九年四月二七日から同年七月一四日までの七九日間欠勤し、内七五日間給与を受けることができなかつた。

原告の本件事故前の昭和五九年一月から同年三月までの平均給与日額は四三四八円であり、七五日では三二万六一〇〇円となる。右のうち休業補償として一九万五六六〇円の支給を受けたので、これを差し引くと休業損害は頭書の額となる。

三 逸失利益 三三六〇万五八四七円

原告は症状固定時満二三歳であり、六七歳までの四四年間なお稼働可能であるところ、前記後遺障害があるため右期間労働能力を四五パーセント喪失したものであり、昭和六〇年賃金センサス産業計企業規模計学歴計の全年齢平均賃金年収四二二万八一〇〇円を基礎に、ライプニツツ式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、症状固定時における原告の逸失利益の現価を計算すると、次式のとおり三三六〇万五八四七円となる。

四二二万八一〇〇円×〇・四五×一七・六六二七=三三六〇万五八四七円

四 慰藉料 八七〇万円

傷害分 一七〇万円

後遺障害分 七〇〇万円

五 損害の填補 六七二万円

原告は加害車の自賠責保険から六七二万円の損害填補を受けた。

六 弁護士費用 三五〇万円

七 以上の損害合計額(損害填補額六七二万円を控除したもの)は三九二七万六二八七円となる。

5  権利の承継

よつて、原告は被告に対し、三九二七万六二八七円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六二年七月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二 請求原因に対する補助参加人の認否及び主張

1  請求原因1の事実(事故の発生)は認める。

2  同2の事実(責任原因)は認める。

3  同3の事実(受傷及び治療経過)は認める。ただし、右腎摘出、肝機能低下により疲労しやすく、創部に痛みが残つているとの点は不知。

4  同4の事実(損害)のうち、一の入院雑費は不知、二の休業損害は原告が一九万五六六〇円の限度で填補を受けていることは認めるがその余は不知、三は否認する。原告は本件事故後本件後遺障害のために格別の影響を受けることなく昇給しており、減収等一切の不利益を受けてはいない。また、今後本件後遺障害が職務や日常生活に特に支障を来すことはないから、右後遺障害のために将来にわたり逸出利益が発生することはない。四の慰藉料は争う。五の損害の填補は認め、六の弁護士費用は不知。

5  同5の主張は争う。

6  過失相殺

本件事故は、同一方向を進行していた加害車と被害車との衝突事故である。原告は同一方向に加害車が進行しているのを十分知りながら、漫然と運転し、同車の左側方を加害車より速度を上げて通過しようとして、同車が交差点(以下「本件交差点」という)手前に差し掛かつて左折の合図をしたのに気付かず、左折を開始した同車と衝突したものである。

よつて、本件事故には原告にも安全運転を怠つた過失があるので、損害額の算定に当たつては相当の過失相殺がされるべきである。

三 補助参加人の過失相殺の主張に対する認否

争う。原告は本件交差点の信号が赤色を示したので、同交差点手前で停止すべく減速したところ、被害車の右側を走行していた加害車がウインカーも出さずに左にハンドルを切り、被害車の前を横切つたために本件事故に至つたものであり、原告に過失はないというべきである。

第三  証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  弁論の全趣旨により原本の存在、成立を認める甲第一号証、原告本人尋問の結果によれば、請求原因1(事故の発生)の事実が認められる。

二  弁論の全趣旨により原本の存在、成立を認める甲第二号証、乙第一一号証によれば、被告は本件事故当時加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたことが認められるから、自賠法三条に基づき、原告に対し本件事故により生じた損害を賠償すべき責任があるものといわなければならない。

三  弁論の全趣旨により原本の存在、成立を認める甲第三ないし第一〇号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告が請求原因3のとおり本件事故により受傷して入・退院し、右腎摘出手術を受け、右手術の際の輸血により血清肝炎に罹患したこと、後遺障害等級八級に該当する旨自賠責保険の事前認定を受けていること、治療の経過は順調であり、現在年に一回程度の割合で経過観察のために同愛記念病院に通つているが、腎機能に特段の障害はみられないこと、しかし肝機能には特に障害はみられないものの、肝機能検査値の一部が一般よりやや高く、疲労感が残りやすい体質になつていること等の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

四  進んで損害について判断する。

1  入院雑費 六万円

前記事実によれば、原告は本件事故により六〇日間の入院を余儀なくされ、その間相当の諸雑費の出捐を強いられたことが窺われるところ、右は一日当たり一〇〇〇円として合計六万円と認めるのが相当である。

2  休業損害 一三万〇四四〇円

弁論の全趣旨により原本の存在、成立を認める甲第一一、一二号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故のため七九日間欠勤し、うち七五日間につき給与の支給がなく右相当の損害を被つたこと、本件事故前三か月間の平均給与日額は四三四八円であることが認められ、この認定に反する証拠はない。

すると、原告は右欠勤により三二万六一〇〇円の損害を被つたことになるところ、うち一九万五六六〇円について填補を受けていることは原告の自認するところであるから、結局右填補額を控除した一三万〇四四〇円か残存休業損害となる。

3  逸失利益 〇円

原告は右腎摘出、肝機能低下により四五パーセントの労働能力を喪失したとして将来の逸失利益の損害を主張する。しかしながら、損害賠償請求における逸失利益は、労働能力喪失ということから抽象的に認められるべきものではなく、労働能力喪失による損害発生が将来にわたり高度の蓋然性をもつて予測される場合に肯定されるものと解すべきであり、右判断は後遺障害の内容と程度、被害者の年齢、性別、職種等を彼此勘案し、将来の損害発生の蓋然性を具体的に検討してされるべきものというべきである。

そこで、右の観点から検討するのに、弁論の全趣旨により原本の存在、成立を認める乙第八号証によれば、少なくとも現在の医学的知見上は一腎であつても就業を含めた一般通常の日常生活を送る上で別段の支障は生じないものと窺われ、そうであれば職業の特殊性等特段の事情がない限り、将来にわたつても一腎であることから直ちに障害の発生を予測することは困難といわなければならない。そして前記認定のとおり原告は現在残余の腎機能に格別の支障はなく、また前掲甲第八号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は症状固定時(昭和六〇年三月二日)墨田区役所に勤務する満二三歳の公務員であるところ、本件事故ないし一腎になつたことによつて給与面その他勤務上何ら不利益を受けてはいない(なお短期昇給が一回遅れているが現在は回復している)し、今後も区役所勤務の公務員として勤務する限り、格別就業困難な職務は見当たらず、職務上の不利益が生じることは予測し難いものと思われる。

すると、原告につき一腎であることから将来の逸失利益発生を高度の蓋然性をもつて予測することは困難といわなければならず、原告の逸失利益の請求は理由がなく、失当といわざるを得ない。

4  慰藉料 一二〇〇万円

本件事故の態様(後記認定のとおり)、受傷及び後遺障害の内容・程度(原告は枢要臓器である腎臓の一方を喪失するという重大な身体障害を被つた上血清肝炎の予後になお一抹の不安があり、将来にわたつて公私の別を問わず何かにつけて無理はできないとの抑制から解放されることはなく、このことは原告の今後の生活すべてにわたつて少なからぬ影響を及ぼすことが必至と思われる。このうち職業生活への影響は本来逸失利益の観念に結びつくものであるが、現在これを具体的なものとして予測することは前記説示のとおり困難というべきであるから、慰藉料算定の一事情として取り上げるものである。また、将来些細な疾病から一腎のため重大事態が生じないとも限らないのであつて、こうした面の原告の不安感も軽視することはできない。)、入・通院及び治療の経過その他本件審理に顕れた一切の事情(原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故のため本来の希望であり、かつ具体的な可能性があつた出版業界への就職を断念せざるを得なかつたこと、原告は本件事故後婚姻し二児をもうけていること等)を考慮し、本件事故により原告が被つた精神的苦痛に対する慰藉料は一二〇〇万円とするのが相当である。

5  過失相殺

弁論の全趣旨により原本の存在、成立を認める乙第二ないし第六号証、第一〇、一一号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故発生の経緯は、車道区分二車線で路側帯の設けられている道路の第一車線を被害車と加害車とが前者がやや先行する形で進行し、本件交差点の手前約四〇メートルばかりの地点に差し掛かつたところ、折から対面信号が赤色を示したため、両車両共に減速措置を講じ時速三〇キロメートル以下で進行したが、加害車の運転者である大島が同交差点を左折するため予め左側端に自車を寄せるべく左方の安全確認を行うことなく左ウインカーを点ずるとほとんど同時にハンドルを左に転把したため、同車の左側やや後方を走行していた被害車と衝突したこと、他方原告は警告の間もなく突然自車の進路前方に進入してきた加害車に気付き、とつさに歩道側に転把して回避しようとしたが、間に合わず衝突したというものであることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件事故は専ら大島が左方の安全確認を怠つたために生じたものであり、他方原告に走行方法、前方注視等運転者として特段の非難すべき点は見い出せず、回避の可能性もなかつたというべきであるから、本件損害算定に当たり過失相殺を考慮する余地はないものというべきである。

6  損害の填補 六七二万円

以上の原告の損害総額は一二一九万〇四四〇円となるところ、原告は自賠責保険から六七二万円の限度で填補を受けたことを自認するから、右填補額を控除すると原告の残存損害額は五四七万〇四四〇円となる。

7  弁護士費用 四〇万円

本件事案の難易度、審理の経緯、認容額等諸般の事情を考慮し、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当損害は四〇万円と認める。

五  よつて、原告の本訴請求は、損害賠償金五八七万〇四四〇円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和六二年七月八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余は理由がないから失当として棄却することとし、参加費用及び訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九四条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤村啓)

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